改正法で解く旧司法試験(平成22年度第1問)
債権法改正によって、平成22年度第1問の問題が新設された条文を使う良問になりました。さすが旧司法試験ですね。
音声による解説はこちら、「事例検討」を耳で入れたい方はこちらを利用してください(まだ一部)。
事例検討
設問1(1)前段
Q 当事者の要望は何か。
Aの要望は「500万(金)返せ。」です。
Q 民法上その要望を実現する効果を持つ制度は何か。
次は、その根拠を考えます。先に述べた通り、「物権」と「債権」に対応する効果で考えます。500万円はもともとAのものでした。しかし、AB間で売買契約が結ばれ、代金として500万円が交付されています。そのため、Bは正当に500万円を保持できますから、Aには「金を返せ。」と言う根拠がないことになります。売買契約が邪魔です。
この場合、考えられる解決方法を大まかに整理すると、①売買契約をなかったことにする(解除・取消し等)または②売買契約があることを前提に改めて契約を結ぶといった手段が思いつくはずです。
本件で②を使うのは微妙です。契約には意思の合致が必要です。改めて売買契約を結ぶには、Bの任意の承諾が必要となります。Aを食い物にするBが承諾するとは考えにくいです。
では、①はどうでしょう。Aの気持ちを代弁するなら、「自分は何がなんだかわからなかったのだ。」と主張することになるでしょう。問題文には、事理弁識能力とあるので、意思能力の話をしなければなりません。意思無能力だから売買契約は無効になります。どうして意思無能力者の意思表示が無効になるかは考え方がわかれますが、改正によって明文が設けられたので、これにあてはめればいいでしょう。
契約が無効になったら、Bは、500万円について無権利者でありながら、これを保持していることになります。500万円はAのところになければなりません。この実体と権利関係のズレを元に戻さなければなりません。これを原状回復といいます。
この場合の請求は不当利得(「債権」)としての性質があります。なお、ここにいう不当利得は703条を根拠にするものではなく、121条の2第1項であることに注意してください。前段は以上です。
設問1(1)後段
なんだか都合のいい話に聞こえますね。ともあれ、まずは法律上どうなっているかの形式的な検討をしましょう。問題を見たときの印象に引っ張られすぎないようにしてください。
Q 当事者の要望は何か。
問題文にある通り、「絵画(物)返せ。」です。
Q 民法上その要望を実現する効果を持つ制度は何か。
BがAに立てる請求権は、設問1(1)前段と同じく121条の2です。
無効は当初より無効であり、誰でも主張できるもののはずですから返還請求ができるとなりそうです。しかし、感覚的には変です。自分のいいようにAを食い物にしておいて、後になってもっと都合のいい話が来たから、Aとの取引を翻したい。なんとも都合のいい話です。
また、設問の構造からしても変です。前段と後段で全く同じ結論になるというのは出題としても芸がありません。このような設問の構造からすると、出題者は、前段との違いを踏まえて後段を論じるよう受験生に誘導をかけていると推測できます。
何か使えそうな条文を探すと、公序良俗や信義則、権利濫用を思いつくかもしれません。ただ、やや乱暴です。確かにBのやっていることはフェアではないかもしれませんが、詐欺や強迫、犯罪行為を行っているわけではありません。本問では一般条項に頼れるほどの悪質な事情はないので、条文の形式的適用による解決はできません。また、あえて意思無能力に関する出題をしてきた出題者のことを考えると、意思無能力に関する制度趣旨から現場思考して立論することを求めていると考える方がスマートです。解釈をするときは制度趣旨から考えます。「そもそも」と考えた思考を答案に示します。意思無能力者の意思表示が無効となるのは、本人保護という趣旨からすれば、本人でない相手方は無効を主張できないと論ずることができます。
小問1(2)
少々難しい問題です。同時履行の類推であるとか価格返還であるとか、民法が苦手な人は、頭にハテナが浮かんでいませんか?こういう処理パターンがあるのだということを押さえておいて下さい。こればかりは慣れです。
Q 当事者の要望は何か。
「500万(金)返せ。」です。
Q 民法上その要望を実現する効果を持つ制度は何か。
請求権は121条の2に基づく返還請求権です。
Q 相手の不満(反論)は何か。
Bは「お前も絵画(物)返せ。返すまでは金は渡さない。」と反論するでしょう。これは同時履行を主張していると理解できます。問題は同時履行をそのまま適用できるかです。同時履行の抗弁権は双務契約の牽連性によって認められるものです。確かに、今回の状況も双務契約を出発点に置いています。しかし、返還を求めているのは双務契約(売買契約)によって直接発生した債権そのものではありません。元々の牽連関係のあるはずの債権はないのです。本来的な適用場面ではありません。そこで、類推適用となります。直接適用してはいけません。
しかし、既にその物がなくなっているため、前提を欠く主張になります。
そこで、次に「物が返せないなら金で返せ」と言うことになります。お互いに金返せという状況ですから、相殺による簡易迅速な決済を求めていると理解できます。121条の2は物がなくなった際には、価値返還を請求できることが当然に含意されています。しかし、今回は同条3項の適用があります。現存利益はありませんから、反論は認められません。
小問2
Q 当事者の要望は何か。
CはAB間の取引を「取消」・「無効」・「追認」したいという要望を持っており、それにどう答えるかという問題です。
Q 民法上その要望を実現する効果を持つ制度は何か。
後見人は何ができるのか。本問は、意思無能力者というあまり出題されない分野からの出題です。しかし、この手の問題は、概してそこまで難しくありません。誘導がかけられていることも多いです。それにも関わらず、焦って何も書けない受験生が一定数います。むしろラッキーだと思うべきです。本問は、「取消し」「無効」「追認」を検討せよとの誘導があります。純粋に条文知識からアプローチする方法もありますが、まずは、知識で解決するのではなく、各々どのような根拠でできるのか検討しましょう。いきなり趣旨から考える必要はありません。まずはその手がかりになる条文を探す。この姿勢が大切です。丁寧に条文とにらめっこしましょう。
条文をサーチすると、後見人は取消しができます。無効については規定がありません。追認は条文があります。答案では、最低限これらのことに言及しなければなりません。
では、成年後見人は取消しについていつの時点からの取引を取り消せるのか。考えてみると、自分が関与していない取引を取消せるというのは少し変です。もっとも、今回の相手方は不誠実だから、被後見人を保護する方向も十分あり得るのではと思った方もいるかもしれません。しかし、他の規定(本人による無効の主張や後述する後見人による無効の援用)で保護がなされているのであれば、あえてここで原則論を修正しにいく必要はありません。全体のバランスも考える必要があります。
結局、成年後見人は就任以降の被後見人の行為について取消権の行使ができると理解するのが素直です。それ以前の行為についても取り消せるとなると、どこまでも遡って取り消せることになります。就任前については、無効の援用一本に絞って、法律行為時に意思無能力であったか否かの立証の問題として解決すればよいように思われます。
次に、無効です。無効の規定がなくて焦るかもしれませんが、必要以上に条文を探すことに時間をかけ過ぎてはいけません。条文以外の方法で処理しろということだと直ぐに判別をつけましょう。後見人個人から離れて、被後見人の無効主張の援用ができないかということに気付きたいです。
最後に、追認は、無効な行為の追認になることを指摘します。無効な行為の追認はできないのが原則です。もっとも、無効な行為であることを知った上で追認した場合には、「新たな法律行為」として有効にすることができるので、説明の仕方は違えども、実質的に追認した場合と結論が変わらないことになります。ただ、説明の仕方が違うことはきちんと示さなければなりません。これだけ指摘できれば十分です。
以上
【再掲】音声による解説はこちら、「事例検討」を耳で入れたい方はこちらを利用してください(まだ一部)。